「子どもを真ん中に 子どもを信じて待つ保育」を保育目標に2015年、自主保育グループから認可外保育園となった、長野県飯田市の「自然保育のっぱら」。信州の自然を生かした子どもの場づくりを進める団体としての思いが評価され、2015年度飯田市起業家ビジネスプランコンペティションにて初となる大賞を受賞しました。代表の木下孝子さんは、自身も三人の子を育てながら保育グループの立ち上げをし、現在も14人の子どもたちと飯田市や周辺のフィールドを駆け回る日々。そんな木下さんに、保育への思い、子どもたちへの思い、そして「保育園経営」という起業についてもお話を伺いました。
南信州の自然とともに子育てがしたい。自主保育から認可外保育所を設立――「自然保育のっぱら」木下孝子さん
自然のなかで、「目が養われる」子どもたち
━━小川があって、上り下りできる起伏と、ほどよい平場もあって、雨をしのげる東屋もあって。ここにいるだけで心地よい、素晴らしいフィールドですね。
木下孝子(以下、木下) そうなんです。もとは「野遊びの会」という同好会の方達がビオトープ(※)を作ったりといった活動をしていた所で。自主保育を一緒にしていたお母さんに紹介いただいて、この場所を知ることができました。ご縁あって地権者の方と出逢うことができて、ここを使わせていただけることになったのが、今にいたる最初のきっかけです。
※ビオトープ……多様な生物が生息できる空間のこと
━━1日の活動は、主にここで?
木下 はい。朝、飯田市内にある園舎に集まったあと、晴れた日はだいたいここに来ています。お昼を食べて14時ごろになったら園舎に戻る、という流れになっています。保育時間は8時30分から14時30分まで。延長も17時30分まで受け入れていますが、ほとんどは14時30に帰宅となります。
━━さきほど一緒にお散歩に行かせていただきましたが、歩きながら子どもたちが虫や、木の実や、いろいろなものを見つけてくれました。南信州の自然はこんなに豊かなんだと、改めて教えてもらったという思いです。
木下 ずっとこういう場所で遊んでいると、子どもたちのほうが目が養われていくんですよ。食べられるもの、遊べる木の実、触っていい虫、毒のある虫とか。南信州は雪も多くないので、かなり長い期間こうしたフィールド遊びができます。雪が降ったら今度は雪遊び。もちろん、雨が強い日は園舎で遊ぶこともありますが、自然のなかで遊ぶのがやっぱりいちばん、子どもがいきいきしますね。
「自然のなかで遊ぶ環境、ないなら作ろう!」
━━木下さん、もともとご出身は?
木下 生まれは神奈川県で、子どもの時は広島で育ちました。大学から関西にいて、結婚してはじめて、夫の故郷であるこの土地に来たんです。
じつは……ここに来るまで、長野県の子どもたちは自然の中で遊んでると思っていたんです。でもね、暮らしてみると、意外と遊んでいないんですよね。車生活だし、坂のある場所に住んでいたりすると、本当に外に子どもの姿を見かけなくて。そのことに軽くショックというか、危機感を覚えて、「子どもが自然で遊ぶ環境、ないなら自分で作ろう!」という思いで、まずは自主保育グループを立ち上げたんです。
━━最初は何人のグループでしたか?
木下 うちの子も含めて、子ども3人からのスタートでした。だんだん人数が増えたりしながら、それ(自主保育)を6年間続けて。
━━その間、経営という意味ではどのようにされていたんですか?
木下 最初は完全に親同士が子どもを見合う、という形です。でもそれってすごく負担が大きくて大変なんですよ。私自身、背中に子どもを背負いながらほぼ私だけで5人くらいの子どもをみていたときもありました。
━━それは……想像するだけで大変そうです。
木下 ですよね。これだとさすがに続けられないので、やりたい保育を目指すためには起業しないとと思い、まず個人事業主として開業して、先生を雇うことにしました。
自然が教えてくれる生、死、環境に応じて生きるということ
━━「やりたい保育」とは?
木下 今、私たちのHPにも掲げている、「生きる力を育む。1人1人が輝いて自分自身を生きる」「しぜんあそびを通して柔らかくたくましい体と心を育てる」「子どもの育ちを通して保護者、保育士が共に学び成長し合う」という3つの大きな理念を基本としています。
また、「子どもを真ん中に、子どもを信じて待つ保育」を保育目標に掲げています。この理念と保育目標を軸として、やりたい保育をめざしています。
活動内容としては、まず里山の生活を大事にしていますね。四季折々の行事や節目となるできごとを大切に日々の保育のなかに取り入れています。田植えや稲刈りや、そのあとの収穫祭とか。朴葉が茂っているときは朴葉餅をつくったり。
━━イベント的な行事ではなく、暮らしのなかのハレの日を大切にしているということでしょうか。
木下 そうですね、そちらのほうを大切にしています。自然のなかですごすことだけでなく、先ほどの「やりたい保育」を軸とした「心が育つ保育」が大切だと思っています。
━━それはどのような……?
木下 私たち、大人はあえて子どもたちに「優しく」しないんですよ。たとえば、ケンカが起こっても答えを言わない。木の上あるアケビを取るのも1時間とか2時間かかっても、自分たちでやらせる。そうして見つけたことのほうが、ずっと子どもたちのなかに残るでしょう? 失敗体験もいっぱいさせてください、と保護者の方にも伝えています。たとえば忘れ物をしても届けないで、と。お箸を忘れたとして、じゃあどうする? 「いいや!」って手で食べちゃう子もいれば、そのへんにある木を切ってお箸にする子もいるし、友達のフォークを借りる子もいる。そうやって、失敗体験を成功体験に変える経験を重ねていくことで、失敗するのが怖いことや悪いことじゃなくなっていくんです。
木下 のっぱらには、やりたいことができる自由があるんです。でも、やりたいことをやり通すのと自分勝手は違う、それも子どもたちに伝えたいところです。自分がやりたいことをできて、相手もやりたいことができる。自己犠牲でもなく、自分勝手でもない、その中間地点はどこにあるんだろう? ということを大事にしています。だからここの子どもたちは、いつも「これをしたら相手が悲しむかな?」とか「気持ちがいいんじゃないかな?」と考えて行動しています。
━━この場所が広いので、わーっと散り散りに遊ぶのかな?と思っていたら、まとまって行動していますよね。
木下 大人の見えないところには行かない、と約束をしているんです。野外なので危ないこともあるし、蛇や蜂がいることもあるし。
━━今のお話に関連して、この自然の中という環境だからこそできる保育、というのもありますか?
木下 命の尊さを知ること、でしょうか。言葉でいくら言っても、大人は教えられないんです。でもここでは、自然や動物がそれを教えてくれる。先日も、山の中で弱ったキツネを見かけたんです。次に山に行ったときはそのキツネはすでに死んでいて、ウジが湧いて、異臭を放っていた。そうしてキツネが骨になるまでの過程を子どもたちは見ているんです。それを見たら大人って、なんて簡単に「命を大切にしましょう」なんて言っているんだろうって、言葉をなくしてしまいます。
逆に、誕生の場面に遭遇することもあります。サワガニの赤ちゃんが生まれるところ、とかね。そういうものに直面するなかで、生や死を教えてもらえるし、子どもたち自身も野外の環境で暑ければ川に入って涼をとり、寒かったら焚き火をしてあたたまるとか、環境に合わせて生きることを身につけます。室内は環境を人間に合わせられるけれど、ここでは自然に自分たちが合わせていかないと生きていけないということを日々の中で学べるのは、野外保育ならではだと思っています。そうやって生きていたら、どうしたって柔軟になりますよね。
認められたことが、なにより嬉しかった
━━改めて、このフィールドとの出合いは大きかったですね。
木下 場所と、あとは仲間だね。仲間にも出会えていなかったら、2007年にはじめていないので。
━━その時のお母さんたちは、今も関わっているんですか?
木下 子どもたちはもう中学生や高校生になっているんだけど、めっちゃ絆が強くてね。いまだに交流していますよ。保育を続けているのは私だけだけれど。
━━木下さんが続けようと思った理由はなぜなのでしょう。
木下 最初は自分と自分の子のためにはじめたけれど、こんなに魂が輝く育ちができるってすごいなって思ったんですよ。彼らがここで育っているのを見ると、今でも感動して涙が出ることがたくさんあるし、きっとこの子達社会を変えられる、変える力があるって思ったんです。こういう幸せを広めていかなきゃと思ったし、社会を変えるのが私の目標。きっと変えるので、ぜひ見ててください!
━━「飯田市起業家ビジネスプランコンペティション」に応募しようと思われたのも、そうした思いからだったのでしょうか。
木下 いやもうこれは、偶然の出会いが重なった結果なんです。
まず、認可外保育園を立ち上げるにあたり基地となる園舎の物件を探し始めたんですね。そうしたら現在の園舎の家主さんに、散歩の途中に偶然お会いして、トントン拍子で物件が決まって。もうやるしかないといった状況になり、飯田市の商工会議所を訪ねたら、こういうコンペがあるとすすめられたんです。
そこからコンペに提出する書類や、借り入れ書類や見通し計画、全部教えていただきながら作り、思いの丈をぶつけて大賞をいただくことができました。
━━賞金の300万円は、どのようなことに?
木下 ここにある備品を買ったり、運営の基盤を作るために役立たせていただきました。金額はもちろん大きかったですし、なにより飯田市として私たちのやろうとしていることを認めてくださったのがうれしくて、今でも自慢です(笑)。
━━今後はどのように活動をしていきたいとお考えですか。
木下 ここに来られない、子育てに悩んでいる方に情報を発信できるように、動画配信を10月から始めました。
━━動画配信ですか!?
木下 そうなんです。ここでの日々の記録を背景に、子育てのこととか、保育のこととか、子どもとの向き合い方についてなど、お話ししています。
━━保育園の枠を超えて、活動の幅を広げられるんですね。
木下 子育てに悩んでいる親御さん、特にお母さんがたくさんいますよね。そういう方達に届けられたらと思っているんです。子どもが小さいうちから親御さんに知っておいていただきたいことを、お伝えしていくつもりです。
━━ありがとうございました。