2台の3Dプリンタに、2.5次元プリンタも!
「サンプルではなく、実製品製造の前例を重ねたい」

━━「iida craft(以下、いいだクラフト)」の開所、おめでとうございます。スタイリッシュでステキな空間ですね。見慣れない機械もたくさんありますが、ここではどんなことができるのでしょうか。

写真=古厩志帆

浜島郁人さん(以下、浜島) まず、ここには加工素材が異なる3Dプリンタを2台設置していて、機種ごとの特性を生かした3Dプリントが可能です。1台目はこちら、石膏を材料にした3Dフルカラープリンタです。

━━石膏が材料、ということは、石膏を削っていくイメージですか?

浜島 いえいえ、素材は石膏の“粉”なんです。一層引いて色をつけて硬化させ、また一層引いて色をつけて硬化させて……と、重ねて形を造り上げる方法です。

━━まさか、素材が粉だとは思いませんでした。発色も良いんですね。

浜島 はい。材料が石膏ですから、強度的には限界がありますが、模型やフィギュアなど飾っておくものを作るのにぴったりですね。

写真=古厩志帆

━━もう1台は何が違うのでしょう。

浜島 こちらは「PEEK」という樹脂材料を使う3Dプリンタです。PEEK材は”金属に変わる樹脂”と言われるほど強度が高く、もはやサンプルではなくさまざまな実製品を作ることが可能です。

━━製品のもとになる3Dデータは自分で作ることができるんですか。

浜島 センターには「3Dスキャナー」もありますから、対象物がある場合はスキャニングも可能です。人物もスキャニングできますから「自分を3Dデータにしたい!」という方にもおすすめですよ。もちろんCADもありますから、一からデザインすることも可能です。

高精度の3Dスキャナーも完備。コンパクトなサイズで外への持ち出しもできる 写真=古厩志帆

また、まだ世界でもめずらしい「2.5次元プリンタ」も設置しています。

━━えっ、2.5次元!? なんですかそれは……?

浜島 特殊なシートの表面に皮革や布、木、石などの質感や色を再現できるカラープリンタです。

━━わ! モコモコと厚みがあって、不思議な触り心地です。レザーの雰囲気や縫い目の部分までリアルですね。

紙のようなシートに2.5次元で素材を再現。質感やステッチまで、そのリアルさに驚く 写真=古厩志帆

浜島 当社では、これを3Dプリンタと組み合わせて、より実物に近い「試作品」ができるだけでなく、実製品としての利用法も模索している最中です。壁紙として部屋のワンポイントにしたり、ポスターの強調したいところを膨らませて表現する、なんてアイディアも面白いですよね。耐水性や耐久性の問題はありますが、耐水性のあるコーティング素材と組み合わせることで商品化は実現できると思います。

━━3Dプリンタや2.5次元プリンタでつくったものが実際に使える時代になりつつあるんですね。3Dプリンタは、「実製品化は難しい」というイメージが強くあるように思いますが、それはどうしてなのでしょう。

浜島 (3Dプリンタが)誕生したころの原料は経年劣化がひどく、試作という位置付けにせざるを得ませんでした。しかし現在はどのメーカーも原料を樹脂に変え、実製品として十分耐えうるものができます。すでに海外では製造現場のみならず、医療やスポーツなど業種を問わず利用が飛躍的に進んでいるんですよ。

━━日本は遅れを取っているんですね……。

浜島 良くも悪くも日本の国民性ですよね。保証の問題もありますし、失敗を恐れる気質も影響していると思います。ただ、今後10年くらいの間に日本でも金属加工が3Dプリンタに変わりうる時代が来るはず。お客様に実製品として使っていただけるものを先進的に生み出したいというのが「いいだクラフト」の目的のひとつです。

「スーパーエンジニアリングプラスチック」の代表格と言われ、耐熱水性にも優れたPEEK材 写真=古厩志帆

パートナー企業・浜島精機との連携により、
金属と樹脂、シーンに応じた対応を可能に

━━実際、すでに製品化に向けて動いているものもあるとか。

浜島 はい。現在、スポーツ庁から日本スポーツ振興センターを通じ、オリンピック・パラリンピックに向けた技術開発事業として、筑波大学や各スポーツ連盟と連携をとりながら、スポーツ器具の開発を行っています。

東京オリンピック・北京オリンピックに向けて4競技の器具を手掛けており、現在進行中の開発に関してはオリンピックが終わるまで公開できないのですが、これまでにも浜島精機としてオリンピック・体操日本代表チームやパラリンピック・ノルディックスキーチームなど、多くの競技に携わる機会をいただいています。

━━なぜ、器具開発が必要なのですか。

現状多くの器具を輸入品に頼っている競技では、日本人にぴったりフィットする器具がなく、細かい調整が必要だったり思うようにフィッティングができないなど、様々な問題があります。選手それぞれにフィットする性能の高い器具の開発は、日本チームにとって大きなアドバンテージになります。

━━選手一人ひとりに合わせて作るということですか。

浜島 そうなんです。体格や選手の個性も考慮して作るのですが、これなら調整も簡単ですし、スピーディーに開発を進めることができます。ただ、素材に関しては、樹脂が良い方もいれば金属が良い方もいるので、浜島精機と連携して対応するようにしています。

━━樹脂と金属、両方に対応できるのも強みですね。

浜島 金属加工のプロでもある私たちが言えるのは、3Dプリンタで作る製品にも金属製品にもそれぞれ優れた点があるということ。お客様が何に重きを置いているかによって、適したものをアドバイスできるコンサルタントとしての役割も担いたいと思っています。(3Dの)プリンタやスキャナーを単体で持っていても仕上げの加工機まで持っているところは稀ですし、すべてを提供できる点で付加価値をつけていきたいんです。

━━これまでの技術を複合して、新たなビジネスが生まれているんですね。ちなみに、個人でも利用できるんでしょうか。お値段はどのくらいでしょうか。

浜島 もちろん、個人の方にも利用していただきたいです。価格はまだ試算段階ですが、できるだけ低価格で提供していきたいですね。
インターネットをつかったオーダーシステムも始められたらと考えています。注文が入った瞬間にデータが届き、製造して、当日か翌日には発送するというイメージですね。拠点が飯田であっても、デリバリーという面で考えればデメリットはほとんどありませんから。

━━逆に都市部でやるよりも、土地代や人件費などの面でメリットがありそうですね。

浜島 そうですね。二つ目の柱として考えている「アウトソーシングビジネス」でも、同じことが言えると思っています。CAD設計やデータエントリー、検図、DPOサービスなどを、この地でまとめて、安価に行う計画です。

写真=古厩志帆

 

設計士が製造現場を知り、飯田を知る。
「ものづくり教育」を3つ目の柱に

浜島 3つ目の柱は「教育」。実は、個人的に一番面白いのがここだと思っています。

━━誰を対象に、どのような教育をされるのでしょう。

浜島 メーカーの設計者のみなさんに「ものづくり」の現場を知ってもらうのが大きな目的です。都市部の若手設計者に飯田市に来てもらい、このセンターと飯田市の「エス・バード※」での約2週間のカリキュラムを考えています。製造、品質管理、検査、製造、3Dプリンタ、CAD、特殊コーティングなどなど、ここで得られるものは大きいはずです。そうした教育の必要性を感じたのは、近年の日本の設計に「過剰品質」の傾向を感じているからなんです。
※エス・バード…飯田市の「産業振興と人材育成の拠点」として開所。製品開発支援のための高度な実験・検査機器や学びの場も提供する。

━━「過剰品質」とは?

浜島 メーカーから出てくる設計図を見ると、加工が非常に難しいものが多いんです。正直にいえば「機能的に、本当に必要?」と感じてしまうような部分もある。コスト面を考えても、これからのものづくりはもっとシンプルになるべき。それを叶えるためには「どう作られるか」というものづくりの実際を知ることがかなり、近道になるんです。

この教育プランについては、すでにある大手企業さんと話が進んでいて、うまくいけば数ヶ月以内には実現できる予定です。

━━メーカーや業界の中でも、過剰品質が問題であるという意識は出てきているんですね。

浜島 そうですね。ただ、大手メーカーさんは教育として製造を学ぶ場はなかなか提供できない。だからこそ私たちがやる意味もありますし、新人の設計士さんたちには特に効果的ですよね。毎年、研修として受けることができればポストビジネスとして確立できる可能性もあるはずです。

━━講師はどなたが務めるのですか。

浜島 私も講師をしますし、CADはメーカーから講師を呼びます。また、南信州・飯田産業センター※で開かれている「飯田産業技術大学」という社会人向けの技術講座があるのですが「ここに付加価値をつければ、授業として有意義なものになるはず」という思いもあったので、産業センターに話をさせていただいて、実現の方向に動いています。
※南信州・飯田産業センター…エスバードにある南信州地域の産業振興を目的とした公益財団法人。業界の新商品開発や需要開拓、人材養成、情報提供などを行う

━━まさにものづくりの町・飯田ならではの強みですね。2週間あればみっちり学べそうです。

浜島 宿泊施設や飲食店にも貢献できますし、土日を挟むところがポイントなんです。週末に観光や温泉にでかけて、飯田市の魅力を伝えられたらと思っています。

━━それだけ長く過ごしたら飯田市にも愛着がわきそうですね。

浜島 そう、まさにそれも狙いなんです。「飯田=ものづくりに強い町」という意識付けができれば、会社に戻って設計していても、必ず飯田を意識すると思うんですよ。そこから、飯田の企業に仕事が来る可能性が高まるのではと期待しています。教育ビジネスだけでは短期的ですが、そこは利益に走らず、製造の部分で何年もお付き合いが続くようなビジネスを生み出したいです。

好きな業界で人脈を広げた
東京での経験が今、事業承継の後押しに

━━浜島さんは大学を卒業後、東京でCAD関係の会社に就職されたということですが、家業を継ぐことについてはどうお考えでしたか?

浜島 父は「あとを継げ」とは言わず自由にやらせてくれていましたし、正直言って当時はあまり考えていませんでした。可能性はゼロではないけれど、同じことをやっても仕方ないなという気持ちはありましたね。会社では設計の仕事に就いていましたが、新規のビジネスとしてイスラエルのメーカーから3Dプリンタを持って来るという話が立ち上がり、技術者として携わることになったんです。

━━それが出合いだったんですね。

浜島 当時はまだ、年間で2台ほどしか売れないような、ハシリのころでした。お客さまへの教育、開発サポート全般を担当しましたが、いま振り返ればこのときに様々なメーカーの方とリレーションできたのは大きかったですし、そのときの人脈は今も私の財産になっています。27歳まで働いたとき、ある機械輸入商社から「3Dプリンタ事業を立ち上げるから、技術者としてうちの面接を受けてみないか」とお話をいただいて。前職はリーダー職でもありやりがいを感じていましたが、もう一つ、違うステージに進みたいという気持ちもあって転職しました。そこで1年半仕事をしたころに父から電話があったんです。

━━どんなお話だったんですか?

浜島 「エアロスペース飯田※」の生産能力拡大を目的に、経済産業省の国内立地推進事業として大きな補助金が出ることになったんです。「新聞にも載っているから見てみろ」と。3社の連合でしたが、今後、事業拡大を狙う中で「このタイミングじゃないと、(帰ってくるのは)無理だぞ」とも言われましたね。私自身、ちょうど結婚のタイミングもあったものですから、迷いながらも飯田へ戻ることに決めました。
※エアロスペース飯田…飯田地域で航空宇宙部品の共同受注に取り組む中小企業グループ11社により組織されたワーキンググループ

━━人生の転機ですね。

浜島 帰ってきたときはまだリーマンショックの余波もあり楽観視できない状況でしたが、ここ5年ほどで売り上げも上がりましたし、子育てをするうえでも、こんなに良い場所はない。結果的に戻ってきてよかったと思っています。じつは最近も、大手航空機関連メーカーの一次委託先の認定を取ることができました。私たちのような規模の会社が一次を取れるのは奇跡的なことです。

━━改めて、飯田でものづくりを行うメリットはなんでしょう。

浜島 やはり、すでに飯田には多様なものづくり企業があり、連携できる地盤があることが大きいです。

企業同士の仲も良いですし、相談に乗ってくださる会社も多いのが本当に心強いんです。

━━浜島さんのように新しいことに挑戦しようという気風もあるということでしょうか。

写真=古厩志帆

浜島 仲のいい方で何人かはいらっしゃいますが、浜島精機も含め、規模が20~30人の会社では営業部を持たずに社長や専務が営業を兼ねている場合が多く、新規事業を開拓するのは物理的に難しいというのが実際なんです。

━━確かに、今動かしている業務や、その納期をこなしながら、新しいことに挑戦することは難しいと思います。そんな中、浜島精機から「いいだクラフト」という新事業を立ち上げることができた秘訣はどんなところにあるのでしょう?

浜島 正直にいえば、タイミングが偶然重なった、というところが大きいんです。浜島精機で工場のキャパシティーがいっぱいになり、第二工場としてこの建物を手に入れたのですが、すべてを使うところまではいかず、「空いたスペースで何かできないかな」と考えたのがそもそものきっかけだったりもするんです。また、サクライノベーションと連携できたことも大きかったですね。

━━「いいだクラフト」はソフトウェアの開発、販売やCAD設計を行う「サクライノベーション株式会社」(東京都江東区)と浜島精機の合弁会社ですね。出資比率はどのようになっていますか?

浜島 完全に半分ずつです。さらに、場所はこちらから、設備関係はサクライノベーションから提供があってバランス良くはじめることができました。

サクライノベーションは、以前の上司が立ち上げた会社で、設計・デザインなど上流工程を担いながらも「フロントだけではなく製造をしてみたい」とずっと考えていた。逆に浜島精機は製造だけでなく、開発にも携わりたいと考えていた。そこをうまく連携させれば設計からモノづくり、教育まで一貫してできるし、飯田という場所で立ち上げることも現実的なんじゃないかとイメージが定まっていったんです。それをたまたま銀行の方に話したとき、飯田市の新事業創出支援協議会である「I-Port」のことを教えてもらって。

━━まさに絶好のタイミングだったんですね。

浜島 はい。飯田市やエス・バードの設備、教育の素晴らしさも知っていたので、ぜひビジネス支援を受け、連携したいと思いました。

━━ちなみに、「いいだクラフト」の立ち上げにはどのくらい資金がかかったのでしょう。

浜島 資本金は600万円で、これを超える部分に関して「I-Port」の支援金を使わせていただいています。意外と小さくはじめているんですよ。

この3Dプリンタも、実は中古品なんです。中古の3Dプリンタは、故障リスクもありますが、私はメンテナンスをしていた経験もあるため、安価で導入することができました。

━━ご自身の人脈やスキルを最大限に活用してスタートした形ですね。

浜島 もっと地味にはじめてもよかったかなというのが正直なところです。でも、思っていた以上に皆さんが期待を寄せてくださり、話にのってくださったので、大々的なスタートになってしまい恐縮です。

━━I-Portに認定されたことで、思った以上によかったことはありましたか?

浜島 「新しいことやるんだって?」と声をかけてもらえたり、「こういうことやりたい人がいるんだけど連れてっていい?」と新しいつながりができたり、反応の大きさに驚いています。会社説明をする際にも、飯田市が関わるI-Portの認定を受けているということで周囲の反応が違いますね。ほぼベンチャーに近い事業ですが、信頼感が得られているように感じます。

写真=古厩志帆

━━教育という面では、法人だけでなく次世代の若い方たちにもこの場所を開放しようと考えていらっしゃるとか。

浜島 例えば地元の飯田OIDE長姫高校の生徒さんや、若い方々に自由に使ってもらえる機会も持ちたいですね。東京から大学生を呼んで、2泊3日くらいで設計から製造までやってみるのもいいなと考えています。浜島精機が持つ製造業の堅いイメージとは雰囲気を変え、あえて内装を都会的にして「若い人を呼びこみたい」と思ったのも「いいだクラフト」を立ち上げた理由のひとつですから、この場所はクリエイティブで「何か」が生まれる、オープンな場所にしたいですね。

━━これからの広がりが本当に楽しみです、ありがとうございました。

写真=古厩志帆

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