まるでロールプレイングゲームのように。たくさんの人に出会い、支えられて生まれた場所

━━広々として、心地よい空間です。歴史を感じる建物が、見事にリノベーションされていますね。

中島綾平さん(以下、中島) ありがとうございます。建てられたのは明治23年、築132年の古民家です。その古き良き味わいを生かしながらも、ここを訪れたお客様に快適にすごしていただけるようにと、家族を含むたくさんの方の力を借りながら約半年かけてリノベーションしました。

リビング&ダイニング。右のはしごの上は元の構造にあった天井裏を生かしたロフト状になっており、ここでもクッションにもたれてくつろぐことができる
宿のシンボルの一つと言える囲炉裏。「炭火でバーベキューも可能です。ローテーブル内の鉄枠は、鉄工所を営む義父が手がけてくれました」

━━ 最初にここを譲り受けたときとは、ずいぶん様子が変わったとか。

中島 ですね。これだけ古い家ですから、購入時に図面というものが存在しなかったんです。だから、というわけではないけれど、もうやってみるしかない、と工事の設計図は一切書かずにリノベーションをはじめました。

「ここ抜いたらかっこよくない?」とか、「ここどうなっているのかな?」と思ったらとりあえず、ドカン、と壁を抜いたり、天井をはがしたり。山のようにホコリをかぶりながら、一つずつ作業を進めていきました。

━━ 令和3年にみごと受賞された「飯田市ビジネスプランコンペティション」の賞金は、この改修費に?

中島 はい、その通りです。一瞬で使い切ってしまうほどの改修規模でしたが(笑)、大いに役立てさせていただき、助かりました。

改修時の、外壁の塗り直し作業のようす。何気なく塗っているこの場所も、傷んでいた土壁を剥がし、別の土壁に使用されていた土と合わせて再発酵させて塗るという手間がかかっている(写真提供=中島綾平さん)

━━ 現在のおおまかな間取りを教えていただけますか。

中島 入り口を入って左手が洗濯乾燥機を置いたランドリールーム、右手奥に寝室。中に進むと囲炉裏を中心にリビングが広がり、その奥の土間にキッチンとダイニングテーブル、それから薪ストーブも設置しました。カップルでの宿泊からグループ旅、家族3世代が集う旅などにも対応できるようトイレも2つ設置し、8名定員のゆったりしたつくりにしています。

8畳の寝室。床の間には蔵から出てきた古い民具を飾っている

━━ リビングから見える眺望がまた、最高ですね。

中島 この眺めとロケーションが、この場所を選ぶ決め手になりました。家の前は私たちが借りている農地なので建物が建つことはないですし、開放感とプライベート感が両立し、のんびりとすごせます。

そしてこの畑では、希望される方は農業体験が可能です。収穫した野菜を夜のバーベキューで食べていただくのももちろん大歓迎。田舎の古民家に滞在するだけでなく、農業も味わってみることができるのが、この宿最大の特徴です。

リビングの窓からの眺め。敷地である畑の向こうに天竜川が流れ、アルプスの山々も目の前だ

中島 それからもう一つ、自慢したい目玉があって。デッキから外の小屋へどうぞ。

手づくりの五右衛門風呂。この窓からもアルプスの眺めを堪能できる

━━ これは、五右衛門風呂ですか!

中島 そう、食料庫だった小屋を改装して、一から手づくりしたんです。じつは、地域の保健所の方に、「8名定員にするには、お風呂が2つないといけない」ということをお聞きして、どうしようかと考えた末に浮かんだ策でした。でも、完成した風呂に入ってみたら、本当に気持ちよくて。結果的に、うちの大きな売りになりましたね。

━━ 文字通りの「風呂釜」が、入っていますね。

中島 これは鉄の鋳物です。その下には近所のホームセンター「コメリ」で買った耐火煉瓦を120個積んでかまどをつくりました。買いに行ったら驚かれましたよ、120個!?って(笑)

━━ たしかに、いきなりそのオーダーは驚きますね(笑)。それにしても、お風呂の周囲のセメントも綺麗に面取りしてあって、クオリティが素人のものとは思えません。

中島 これは土木系の仕事をしている父のおかげですね。父には土間も打ってもらいました。

その他、地元の友人に手伝ってもらったり、思いがけない方に仲間になってもらったり、支えていただいたり。Iターン起業を決めてから、まるでロールプレイングゲームみたいに毎日新しい人と出会いながら、ここまでこられたという感覚です。

たくさんのまわり道を経て気づいた、南信州の魅力とオリジナリティ

━━ ひと回りご案内いただき、とても素敵な空間と、遊び心のある仕掛けにも驚きました。ビジネスホテルの支配人を務めたご経験もあるとのことですが、このような宿を作ろうと思った経緯から、教えていただけますか。

中島 かなり長い道のりになるんですが、いいですか?(笑)

もともとは今回、農業をやろうと思って、関東から飯田に帰ってきたんです。さらにさかのぼると高校卒業後、飲食店経営をめざして名古屋に行ったあと、道半ばで心折れて一度、飯田に帰ってきた時期があって。そのとき今の妻と出会って、「もう一度都会で勝負してみよう」と求人を探して見つけたのが、前職であるホテルマネージメントの仕事でした。

「燕と土と」オーナー・中島綾平さん

中島 そのホテルの仕事は、夫婦ないしカップルで採用されて支配人と副支配人をそれぞれが務め、二人で24時間365日をまわしていく、というちょっと変わった業務内容で。その代わり、家賃も光熱費も無料で都会に住める可能性もあるし、お金も貯まるし、とりあえずやってみようと、挑戦したんです。

当初4年だった契約期間を1年延長し、5年間かけて東京と神奈川の3カ所のホテルで支配人という立場を経験しました。最後担当したのは、横浜アリーナの目の前という人気のロケーション。部屋数も250室あり、ものすごく忙しかったですが、たくさんの学びも得ましたね。

━━ その任期を終えて、晴れて飯田へ戻ってきた。

中島 いや、もう1クッションあって。その5年の間に、仕事として打ち込めるような「夢」が見つけられたらと思っていたんですが、結局見つからなかったんですよね。でも契約期間も終わるし、さすがにそれ以上続けるにはキツい仕事なので、これからどうしようかと話していたところ、妻が「これからは都会じゃなく、田舎に住もう」と言ったんです。

それを聞いて「たしかに」、と思う反面、じゃあ資格もない二人が地方で何をする?と考えて、「農業かな」と。かなり安直な考えだったんですが、とりあえず地元に戻って農業で食べていく準備をしようと、まずは父方の実家のある桜町で、祖母と妻と3人の生活をスタートさせました。

でも、飯田に帰ってきてから市役所の担当課の方に相談をしたら、まずひとこと言われたのが「あなたのご実家の環境で農業はむずかしいですね」だったんです。たしかにうちは、飯田市のなかでもわりと市街地なんです。

━━ またも壁が立ちはだかった。

中島 そう、でも逆にいきなりそう言われたことで、無理と言われてすぐ諦めるのは気に入らないなあ、って反骨心が芽生えまして。「それならもう、飯田に絞らなくてもいいや」と、移住先を見つける気持ちで1ヶ月かけて東日本をぐるっと一周し、泊まりながら他地域の様子を見て回ってみたんです。

━━ 各地の農業の様子を目の当たりにしながら、たくさんの宿泊施設での滞在も経験する時間になったんですね。

中島 そうなんです。結果的に、農業に観光に宿泊と、いろんな点から各地方のあり方や個々の事例を見ることができました。

北海道はやっぱり全体的にレベルが高くて、ワイルドさと整備のされ具合のバランスもよくて「いいなあ」と憧れたし、山梨や塩尻ならぶどう畑で面白い取り組みが行われていた。新潟の米どころ、福島の会津若松など、魅力的な場所はたくさんありました。

でも、そんな旅を終えて最後に中央自動車道を山梨方面から飯田に向かって帰ってきたら、辰野を越えたあたりから2,000メートル級のアルプスがバンっと現れたんですよね。そのとき「うわ、あちこち見てきたけど、これはどこにもなかったすごい景色、すごいロケーションだね」ってはじめて思えて。

やっぱりここが唯一無二。そう実感できたことで、伊那谷・南信州エリアで生きていこうと気持ちを固めることができました。

古民家のたたずまいに導かれて、宿+農業を事業の柱に

━━ 1ヶ月の旅を終えて、暮らしの拠点をこの地に決めたわけですが、肝心のこの物件はすぐに決まりましたか?

中島 いえ、これが全然! でも、伊那市高遠から県境に近い下伊那郡阿智村まで探し歩いてようやくこの物件に出会えました。しかもこの物件だからこそ、「農業だけじゃもったいない、宿泊施設もつくろう」と事業の方向性も見えてきたんです。それまでは正直まだ「農業で起業する」、という部分にとらわれていましたが、この物件のよさを生かさない手はないと素直に感じたんですよね。

そのときちょうど、飯田市出身の曽根原久司先生を講師に招いた「農村起業家育成スクール」(飯田市役所結いターン移住定住推進課 遠山郷・中山間地域振興係主催)を受講していた影響も大きかったです。講義の内容が、自分たちが取り組もうとしていることにめちゃくちゃ合っていたんですよ。物件が決まってからは、講座で学び、ここに戻ってきて実践、の繰り返し。そんなふうに準備ができたことは、とてもラッキーでした。

━━ 古民家ステイに農業体験をプラスする、というアイデアも、その流れの中で生まれたのでしょうか。

中島 はい。「今は都会で忙しく働いているけれど、これから移住したいと思っている」、そんな方が増えているんじゃないかな、と感じていたので。そういう方が求めている滞在のかたちってどういうものだろうと想像したとき、自分ならいきなりディープに、というよりも、ある程度の快適さは確保したうえでローカルな交流も味わってみたい、という感覚だろうと思ったんですね。

ある程度の利便性が確保されていて、都市での生活と大きくかけはなれない施設であるほうが、かえって移住したときの自分たちのリアルなイメージを掴めるんじゃないか。そんな思いから、寝室にエアコンを完備したり、キッチンや水まわりを使いやすくしたりといった快適性にこだわりました。

母屋のバスルームと、新たに設置した洗面台。バスルームは平成に入ってから一度リフォームされていたため、そのまま生かした

中島 そして、「地域との交流」という意味では、農業の体験は地域の人との自然な交流を生むうってつけのチャンスにもなると思っているんです。この辺では畑で手を動かしていると、ふとご近所の方と出会って会話が始まったりしますよね。そういう、旅人にとっては貴重な触れ合いの経験をきっと、目の前の畑で得ていただけると思うんです。

畑での撮影時の一コマ。中島さんが話していたとおり、偶然ご近所の方が立ち寄り、世間話の時間がはじまった

中島 ただし、いっしょに行う作業がない場合には、僕たちは過度に干渉はせず、お客様に自由に収穫などを行っていただこうという計画です。というのも、ここ「燕と土と」を含む全体の事業名を「在りし日」としているのですが、「在りし日」としての事業の柱は農業のほうに据えていきたいんです。

極端に言えば、ここは週末のご予約が入れば事業として成り立つような設計。そのためにも宿泊事業はあくまでも快適で心地よい「場」の提供にフォーカスし、そこから先は地元のスーパーに食材を調達しに行ったり、周囲を散策してみたり、お客様がご自身で出会う体験を楽しんでいただけたらと考えています。

Uターンして得られた充実感。その感覚を、宿を通じ届けたい

━━ いよいよ宿泊受付がはじまりますが、どんな方に、どんなふうに利用していただきたいですか。

中島 5月22日に、Airbnbで予約受付を開始する予定です(※現在予約受付中)。どんな世代の方にも、と思っていますが、実際には古民家は段差などのバリアだらけですので、20代〜50代ぐらいがメインになってくるかもしれません。プレオープンとして家族や友人に宿泊体験をしてもらった意見も生かしながら、しばらくはブラッシュアップが続く予定です。

━━ そして、農業もいよいよ本格的に進めていくんですね。

中島 そうですね、僕がここの改修にあたっている間、妻が農業担当で研修に行ってくれていたので、これからは少しずつ栽培面積も増やしながら、農業も軌道に乗せていきたいです。とはいえ僕たちもまだまだ素人なので、それこそこの畑でご近所の先輩をつかまえては、「先輩、これわかりません!」って質問攻めにしている状態なんですが(笑)。

 ともあれ、飯田に戻ってきてよかったし、この物件に出会えて、事業を始められて本当によかったと思っています。帰ってきてしみじみ、飯田の人のあたたかさとか、面倒見のよさ、情の厚さを感じていますね。最初は厳しいことを言われましたが、飯田市役所の方達にもほんとうによくしていただいて! 僕たちがいま、感じている飯田暮らしの良さを、この宿や農産物を通じて、多くの方に伝えて行けたらと思います。

古民家宿【燕と土と】予約サイト


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