全国で年々深刻な課題となっている、空き家問題。ここ30年で全国の空き家数は倍増しているとされ、なかでも長野県は空き家率の高い都道府県第3位との結果となっている(総務省「平成30 年住宅・土地統計調査 住宅数概数集計」より)。そんな現状への対策として、一つの事例を示してくれているのが、飯田市の一般社団法人「空き家人情プロジェクト」だ。「所有者と借り手の想いをつなぎ、(中略)U・Iターン者にも魅力ある産業や労働の創出につなげる」との内容で、「平成29年度 飯田市起業家ビジネスプランコンペティション」にて新人起業家部門準大賞を受賞。その第一弾となるシェアカフェ「テンリュウ堂」にて、現在代表理事を務める新井優さんと、同理事の折山尚美さんらに話を聞いた。
手渡してくれた人の想いとともに、賑わいあるまちづくりを│長野県飯田市「空き家人情プロジェクト」
プロの目が入ったリノベーションで、安全かつ心地よい空間に
━━歴史を感じながらも、現代的な雰囲気のある素敵な空間ですね。奥の中庭も見通せて、とても快適です。
折山尚美さん(以下、折山) ありがとうございます、この建物はもともと、85年前に飯田市内からこの場所に移築してきたものだそうです。だから築年数でいうと、100年以上。ここで長くお土産屋さんを営んでいたんですが、ご主人がご高齢になり、これからどうしようか……というところで、私たちにご縁がつながったんです。
お店の奥は、もともと壁だったところ。新井さんのアイデアで、壁を抜いて奥からも光が入るようになりました。やっぱりすごいですよね、新井さん。
新井 優さん(以下、新井) いやいや(笑)。「どうしたら心地良い空間になるか」って、基本があるんです。たとえばトンネルだって、奥に通り抜けられることがわかるから安心して入れますよね。ここも、奥が明るく見通せることで、すっと安心して中に入ってこられるようにしました。
折山 新井さんは、一級建築士として耐震はしっかり考えながら、素敵な空間にしてくれるからありがたいんです。せっかくの古民家も、(耐震のための)バッテンの筋交いが表に出てばっかりじゃ、使いづらいし格好悪いでしょう?
そもそもこの家のご縁も、家主の娘さんが、私が取締役を務める株式会社松澤(以下、松澤)が経営する「ATAGO」というお店のファンでいてくれたのがきっかけ。ATAGOもここと同じように、いわゆる古民家を新井さんにリノベーションしてもらった店舗なんです。
家主の想いと、借主の希望をつなぐ
━━では改めて、「空き家人情プロジェクト」の成り立ちから、教えていただけますか。
新井 みんなでやろうというきっかけは2016年ごろ、この「テンリュウ堂」のリノベーションの話が持ち上がったがきっかけです。
店のある飯田市川路の天龍峡は、1934年に国の「名勝」の一つとして指定を受けるほど景観の優れた地として、かつて多くの観光客で賑わった場所です。しかし、長い年月を経るなかでさまざまな課題が顕在化してきていました(詳細:天龍峽温泉の歴史 http://page.tenryukyou.com/?page=3)。
飯田市も以前から活性化のため力を入れて取り組んできていて、温泉施設(現 天龍峡温泉交流館 ご湯っくり:http://tenryukyou-goyukkuri.net/)もできたけれど、なかなか民間として新しい天龍峡の姿を表すことができていなかったそうなんです。
新井 そんななか、この店の家主さんが、まず折山さんに「天龍峡の活性化のため、若い人たちにここを役立ててもらえれば」と、店の活用の話をもちかけてくださった。それで「この想いを実現するには、個人で引き受けるのではなく、みんなで支援していこう」ということで、2016年に「一般社団法人 空き家人情プロジェクト」を立ち上げました。
旧「天竜堂」の再生を足掛かりに、U・Iターン者も魅力を感じるような産業や労働の創出につなげようというのが、このプロジェクトの狙いです。
━━「飯田市ビジネスプランコンペティション(以下、ビジコン)」準大賞受賞時の事業概要には、「所有と利用の分離方式(所有者から同法人が借り上げて、改修し利用者に貸し出す手法)」を活用する、とありますね。詳しく教えていただけますか。
新井 どこの地方もおそらく同じだと思うんですが、自分や親族がかつて暮らしていた家を空き家するのは誰でも気が引けること。でも、それ以上に不安なのは、「誰かに貸したことでトラブルが起きたら困る」ということなんです。また一方で、空き家を借りたいと思う人も、利用するまでに莫大なお金がかかるようでは踏み出せない。そこで、「空き家人情プロジェクト」が所有者から空き家を借り上げ、改修したうえでふさわしい利用者に貸し出す、という手法を取ることにしました。
━━ここテンリュウ堂は松澤が空き家人情プロジェクトから建物を借りるかたちで、日替わりの「シェアカフェ」として営業とのことですね。利用者は現在何組いらっしゃるのでしょう。
折山 2020年までは7〜8軒入っていたんですが、新型コロナウイルスの影響で来店が難しくなったことも影響して3〜4軒ですね。「365日お店を開けて欲しい」というのが家主さんの希望だったので、さすがに全部は無理ですが(笑)、シェアカフェ利用が入らない日は松澤として出店もしています。今日は、鎌倉から移住してきた人気パティシエ「mio’s ベイク」のmioさん(@hanakurusu_mio)が入ってくれている日。それから、地元の野菜をたっぷり使ったメニューが好評の、川手洋子さんのお惣菜もありますよ。
折山 この建物の家主さんの場合は、私たちに託して転居することを決断したのが83歳のとき。その年齢で、住み慣れた家を明け渡すって、すごいことですよね。
だからこそ、空き家人情プロジェクトとして本当に良い場所になるようにと力を尽くしたし、店舗を利用する人にも覚悟が必要だと思っています。今後、別の物件を扱うことになっても、それは同じじゃないかな。
新井 折山さんの場合は本当に、ボランティアみたいな働きが多くて、いつ寝ているのかという感じですよ。でも、そういう熱意が伝わるからこそ、折山さんのところに「うちも使ってくれないか」とか、「飲食店をやってみたい」とか、いろんな情報が集まるんですよね。
折山 新井さんこそ、素人がいじって違法建築にならないように、持ち出しで図面を引いてくださって。
新井 線を引いたら折山さん、すぐに仲間を集めて取り掛かってくれるから(笑)。
こんな感じで、僕たちが共通して大切にしているのは、自分自身のビジネスではまったくなくて。地域への想いと、引き受けたからには継続していこうという覚悟なんですよね。
ビジコン賞金を充てて改修した「テンリュウ堂」。カフェ経営の夢に一歩踏み出す「修行の場」に
━━ビジコンへ応募した動機は、どのようなものだったのでしょう?
折山 それはもう、ここの改修費に充てたかったんです。最初からそれを、みなさんにもお伝えしていましたね。本当は、大賞の300万円を狙いたかったんだけど(笑)。でも、いただけて本当に、役立ちました。
新井 もともと飲食店ではないところをカフェにしたので、水回りを綺麗にしたり、厨房を作ったりにやっぱりお金がかかったんですよね。
━━どのくらいの工期で、どのくらいの費用がかかったんでしょう。
新井 工期は3ヶ月、費用は600万円ぐらいかな。
折山 人の手はなるべくボランティアでね。店の前を歩いている人を、とにかく捕まえちゃうの(笑)。
━━なるほど。それで、かかった費用の返済はどのように?
折山 基本的には松澤からの、「テンリュウ堂」賃貸の家賃でまかなっていく形です。
━━シェアカフェの利用者は、どうやって集めたんでしょう。
折山 一度も募集ってしたことないの。「ここでやりたいな」って言われたら、「やったらいいじゃん」って言って、もう決まり。調理師か食品衛生管理をもっていれば大丈夫。
新井 ここは本当に、カフェ経営をめざす人の修行の場みたいになっているよね。
折山 カフェ経営、みんなやりたいと思っていてもなかなか一歩が出ないんですよね。その一歩をここで踏み出してもらって、そこから地元での本格的な出店につなげてもらえたらな、と思うんです。
せっかくだから、今日お菓子を焼いてくれている、鎌倉から来たmioさんにもお話聞いてみましょう。
(mioさんが席につく)
━━mioさんは、どのようなきっかけでこちらへ?
mio きっかけは、色々なタイミングが重なったんですけれど……子どもとともに、「環境を変えて、自分の働き方も変えたいな」という思いがあったんです。
以前は菓子店店主としてパティシエの仕事をしながら、菓子教室を開いて講師もしていて。忙しいながらがんばっていたんですけど、いくら子どもたちのためとはいえ、昼も夜も働き続ける生き方に疑問を持ってしまって。
そんなときに長野に旅行にきたら、伊那谷にピンと来てしまって!
せっかくなら古民家に暮らしたいな……と考えるなかで、ある方を通して折山さんをご紹介いただきました。
折山 mioさんが焼いたお菓子を食べたらもう、とにかくおいしかったし、お菓子が光ってたの。「あなたは続けるべき!」って言って、ここで委託販売というかたちで、持ちつ持たれつ、焼いてもらっているんです。
━━まさにこれもご縁ですね。mioさん、現在はいかがですか?
mio やっぱり、来られてよかったです。実はここにくる前の時期は、一度お菓子が嫌になっちゃって、「もうお菓子はやらない」という決意で長野に来たというのもあったんですよ。でも、ここに来たら時間の流れが全然違って、お菓子を焼くことがまた楽しいと思えるようになったんです。
新山 こういう、思いと技を持つ若い人たちが飯田の街の中で自分のやりたいことをやって意思を表現することを、これからは支えていきたいよね。
折山 そうですよね、素晴らしい!
「自分だけ」の時代じゃないから。横につながって、小さなお金も分け合ってさ支え合う
━━今、少し関連するお話も出たかもしれませんが、最後に、今後このプロジェクトを通じてどのような展開をしていきたいか、お聞かせいただけますか。
新井 やっぱり今、コロナの影響で飲食店の開業がとても厳しいんですね。新井建築工房として手がけた店舗もいくつか閉店してしまったし、縮小したところもある。でも、その分エネルギーは溜まっている。天龍峡はもちろん、ここ以外のエリアでも、なんとかいろんな人の想いをつなげて、新たな「プロジェクト」を実現させていきたいですね。
折山 私も同じ。天龍峡に関して言えば、2019年に「そらさんぽ天龍峡」も開通して、ますます魅力的なところがたくさんなんです。そこで「のんびり、気心知れた友達や家族との時間を天龍峡で楽しんでいただきたい」と、テンリュウ堂が用意するごはんや飲み物、お菓子を詰めたバスケットを手に周辺を散策していただく「おしゃれピクニック」という企画を立ち上げたんです。
━━おお、これは充実の内容で楽しそうですね!
折山 そうなの、しかも最近は朝市もはじまったし、カゴの中に朝市で買ったものを入れてもらったりしながら、ぐるっと天竜峡公園全体を使ってなにかデザインしていけたらいいな、と思って、今取り組んでいますし、これからもっと発展していけたらと思います。
折山 コロナが起きてますます、「自分だけ」という考えではなにも成り立たなくなっていると思う。横のつながりを強めながら、みんなでどう共存していけるか、売り上げはまずはちょっと横に置いてね、とりあえずみんなで小さなお金でも分け合っていけたらな、って。そうしないとお店がなくなっていっちゃうって、本当に思うんです。それだけは絶対に、させたくないから、みんなで知恵を出し合って、小さな種まきをし続けていけたらいいなって思います。
━━ありがとうございました。
新井優さん
空き家人情プロジェクト 代表理事
新井建築工房+設計同人NEXT代表。一級建築士。飯田市松尾にて、住宅、コミュニティ施設、店舗等の設計監理を中心に事業を行いながら、まちづくりにおける市民活動の企画・立案・実行を行う。2015年、満蒙開拓平和記念館の設計で長野県主催“信州の木”建築賞最優秀賞を受賞するなど、本業である建築業でも幅広い活躍を続けている
折山尚美さん
空き家人情プロジェクト 理事
株式会社松澤取締役。新潟県に生まれ、結婚を機に南信州へ。病院勤務ののち、ホリスティック医療「アーユルヴェーダ」を学ぶべくスリランカへ。カフェ&エステ「Fukuume」の開業を機に株式会社松澤に入社。現在は同社飲食店部門を担い5店舗の経営を行いながら、「空き家人情プロジェクト」第一弾店舗となるシェアカフェ「テンリュウ堂」も経営。その他地域活性のためのさまざまな活動に尽力している
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