日本の優れた伝統工芸技術を、飾るものではなく「使うもの」として発信したい──。そんな思いのもと、日本発の総合スキー用品ブランド「Reinedeer(レインディア)」を展開する、(株)Snow Snow。2018年2月、長野県飯田市が仕掛ける新事業支援会議「I-Port」の第一号認定を受け、飯田市内に事務所を開設した。代表を務める高木美香さんは、欧米の文化に精通。富裕層へのアプローチを得意とする起業家だ。「日本のアルプスから、世界のアルプスへ」と意欲をみせる高木さんに、話を聞いた。
伝統工芸を生かし、日本発のラグジュアリースポーツブランドを世界へ。(株)Snow Snow・高木美香さん
きっかけは、東日本大震災
──まずは、現在の事業をはじめた経緯について、お聞かせください。
高木美香(以下高木) 大きなきっかけとなったのは、東日本大震災でした。当時、フランスの田舎町にあるスキー場にいた私は、テレビの大画面でみた津波の光景に大きなショックを受けるとともに、遠く離れた地で何もできないもどかしさを強く感じました。
何かできることはないか、と考えるなかで知ったのが、東北地方にはすぐれた伝統工芸が今も、息づいているということ。そこから、日本最高峰の品質を誇る岩手県の「浄法寺漆(じょうぼうじうるし)」とめぐりあいました。
──ヨーロッパ在住歴が長い高木さんですが、フランスですでに日本の漆との印象的な出合いがあったそうですね。
高木 はい。これまで、イギリス、モナコ、イタリア、フランスとヨーロッパ4カ国での在住歴が20年近くになります。世界の二大オークション会社であるクリスティーズ、サザビーズで働かせていただいて、サザビーズ・フランスではアジア人としてはじめて、18世紀の家具部門で働き、学ぶことができました。その仕事のなかで、「コモード」と呼ばれる美しい西洋箪笥に使われている日本の漆との再会を果たしたんです。
2大オークション会社での学びを生かし、世界で受け入れられる工芸品に
──ヨーロッパでは、日本の伝統工芸をどのような存在として捉えているのでしょう。
高木 昔も今も、関心はとても高いと思います。ただし、やはり文化が異なるので、日本のものをそのまま持ち込んでも使っていただくのが難しいものが多いと感じます。
使うことができなければ当然、現代では購買に結びつけるのも難しいですね。だからこそ、ヨーロッパに日本の伝統工芸の市場を開拓するならまず、文化に即した商品開発が不可欠だと考えています。
──高木さんご自身も、漆商品の開発で試行錯誤をされたとか。
高木 そうですね。私が現在スキー板の素材の一つとして選んでいる「漆」も、最初に作ったのはナイフとフォークが使える木地の平皿でした。しかし、完成してみると、金属製のナイフとフォークが木のお皿に当たる感触に違和感が生じることがわかりました。
そこで次に、陶磁器の皿のふちに漆と金箔をほどこし、フランス料理でも心地よく使っていただける平皿を開発しました。ただ、口当たりのよさが魅力である漆なのに、装飾だけでしか楽しむことができないことに、消化不良を感じてしまったのが実際のところだったんです。
そのあとも総合的なインテリア塗料として、床への吹き漆やシステムキッチン、冷蔵庫、洗濯機、ガスレンジなどにも活用することも検討しましたが、こんどは日本との気候の違いがネックになったり、昨今いろいろな塗料も開発されるなかで、選ばれる素材となる難しさを感じました。
世界共通ルールである「スポーツ」こそ、伝統工芸を開く鍵
──では、どのように「スキー板」にたどり着いたのでしょう。
高木 先日、韓国で平昌オリンピックが行われましたが、スポーツとは世界共通のルールで行われるからあのような世界大会が成立しています。つまりこれは、これまで私たちの取り組みでネックになってきた「文化の違い」を、すでに超えた存在だということにあるとき気が付いたんです。
そんなスポーツのなかで、唯一、親しみがあったのが、スキーでして。自分でも楽しんで、その価値がわかることを仕事にしたいという思いもあり、スキー板を最初の開発商品として選びました。
さらに運命的なことに、浄法寺漆があるエリアはスキーもまた、盛んなところです。一部の職人さんたちは公務員として漆の研究に携わっているのですが、スキー大会もまた、公的な催しのため、スキー大会が行われる日には研究所はクローズしてしまうほどです。そのため、お話をもちかけたときも身近なものとしてすごくスムーズに、モチベーション高く取り組んでいただくことができました。
──今もスキーは、ヨーロッパのウィンタースポーツとして根強い人気と強固な市場があるそうですね。
高木 そうなんです。日本で、ある一定の年齢以上の方にスキー事業のお話をすると「もう下火だろう」という反応を受けるのですが、世界的に見るとまったく逆で。まずヨーロッパでは、夏、冬と長いバカンスがあり、2月の子どものバカンスは「スキーバカンス」と呼ばれるくらい、今もスキーが一年のサイクルの中で非常にナチュラルなものとして存在しています。
そして、フランスのクールシュベルに代表されるようなラグジュアリーなスキー場が存在し、ゲレンデのふもとにエルメスやシャネルといった高級ブティックが立ち並ぶ環境があります。そうした場所で、もうスキーをしなくなったおじいちゃま、おばあちゃま世代、スキーを楽しむ若い世代、それから赤ちゃんも3世代で集い、ゲレンデ中腹の星付きのレストランでゆったりとランチを楽しむ光景を目にしたときに、とてもいいなと、こういう風景が日本にも広まっていったら……と強く感じました。
しかも、海外の高級ブランドのウェアをよくみると、布もファスナーも、日本製のものが用いられています。それなのに、日本を代表するような高級ラインのスポーツブランドが存在しないということは、すごく残念で。そこを私は手がけていきたいと考えました。
──さらにアジアでも、ウィンタースポーツに熱い視線が集まっています。
高木 はい。北京オリンピックを控える中国は今、なんとスキー人口を3億人にするという国策を掲げているようです。これは荒唐無稽にも聞こえますが、日本がかつてスキーブームだったときの人口比を考えると、2億人くらいになるのは夢ではないかなと私はみています。
タイの人も雪がとても好きですね。雪のない国で「スノーワールド」という施設もできたほどです。そうした人々が、北海道や長野県の白馬などといった日本の雪質の良さを認め、楽しみに来ています。
「ヒューマンサイズ」の飯田市を拠点に、県内の職人とも連携を
── 今回のI-Port支援をきっかけに、日本では長野県飯田市に拠点を置くこととなりました。飯田市の印象はいかがでしょうか。
高木 まず、街の印象としては、モナコに似ていると思いました。パリにも、京都にも言えることなのですが、とても「ヒューマンサイズ」な街だということがまず、魅力だと思うんです。街の規模がほどよくて、銀行や市役所といった必要な機関に、1日どころか1時間程度でぱぱっとまわれてしまう。通勤や、移動にかける時間というのはとても無駄なので、それは非常にアドバンテージですね。
加えて、知れば知るほど、フランスとも接点が深いことがわかりました。人形劇をきっかけとしてフランスの街と友好都市提携を結んでいますし、自転車競技が盛んで、フランス人と日本人がミックスしたチームで活動をされていたり。現市長さんもドイツにいらっしゃったので、ヨーロッパのことをわかっていらっしゃるという安心感もありました。
──これからの展望をお聞かせください。
高木 現在は漆のスキー板に加えて、京友禅を取り入れたスキーウェアも開発が進んでいます。私は、いろいろな面で第一号になることが多いのですが(笑)、今回も第一号認定企業としてI-Portの支援を受けさせていただけたことを大きな契機とし、今後も伝統工芸とさまざまなアイテムをコラボレーションさせながら、日本発信の総合ラグジュアリーブランドをめざしていきます。
漆を扱っているということで、I-Portのご担当の方から認定早々に、飯田からほど近い木曽の漆職人さんをご紹介いただきました。資金面だけでなく、こうしたつながりをご提供くださるという意味でも、I-Portのご支援を受けることができてよかったと、感じているところです。今後も、地方でまだまだ知られていない伝統工芸に光を当てながら、外国からの観光客のみなさまが旅の記念として購入したくなるようなブランドへと育てていきたいと考えています。
また弊社では、QOL、Quality of Life を大切にしています。自分の好きなことを事業にするという本来の目的を見失わないよう、工夫をして、滑走テストや耐久テストは自分で行っています。スキーテストは世界各地で行っていますが、今後は飯田に拠点を置いたことで、長野でもそうした時間が増やせそうです。
──ありがとうございました。